犬山もみじ寺 寂光院の紅葉 平成24年11月29日(木)
犬山もみじ寺 寂光院で紅葉を楽しみました。
紅葉(もみじ)がとてもキレイでした。
きれいなもみじを写真で観賞いただけたら幸いです。
寂光院(じゃっこういん)
祈りの山寺、寂光院は、尾張最古刹・千手観音霊場。
やすらぎの郷里(さと)、もみじ寺(でら)とも呼ばれて多くの皆さんから親しまれている。
※ 古刹(こさつ):由緒ある寺・古寺
※ 千手観音(せんじゅかんのん):千本の手のそれぞれの掌に一眼をもつとされることから来ている。
千本の手は、どのような衆生をも漏らさず救済しようとする、観音の慈悲と力の広大さを表している。
寂光院は、春は花、夏は青もみじ、秋は紅葉が楽しめる。
寂光院のある継鹿尾山(つがおさん)はかつては「霊山」と呼ばれてきた。
寂光院は、千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)が現存する尾張最古の古寺で、霊気が満つる山寺である。
昨今は、「パワースポット」と呼ばれるようになり、呼び方が変わってしまったが、1350年余りの長い歴史と、風光明美な山寺であることには今も昔も変わりない。
寺号:継鹿尾山(つがおさん) 八葉蓮台寺(はちようれんだいじ) 寂光院(じゃっこういん)
[通称・継鹿尾観音(つがおかんのん)]
宗派:真言宗智山派(宗祖・空海=弘法大師、派祖・覚鑁(かくばん)=興教大師(こうきょうだいし)
※ 空海(くうかい):774年〜835年。
平安時代の僧で、弘法大師(こうぼうだいし)の諡号(しごう)で知られる真言宗の開祖である。
日本天台宗の開祖最澄と共に、日本仏教の大勢が、今日称される奈良仏教から平安仏教へと、転換していく流れの劈頭(へきとう)に位置し、中国より真言密教をもたらした。
※ 覚鑁(かくばん):平安時代の僧。
新義真言宗の開祖。諡 (おくりな) は興教大師。
13歳のとき仁和寺で剃髪得度し,奈良で法相の奥義を学び,高野山に登って密印を受け,三井の覚猷 (かくゆう) や醍醐の賢海などから秘訣を授けられた。
総本山:智積院(ちしゃくいん)[京都府京都市東山区東大路通七条下ル東瓦町964]
創立:寂光院は、孝徳天皇に勅願寺として654年(白雉5年)に南部元興寺道昭和尚により七堂伽藍(しちどうがらん)を創建。
※ 孝徳天皇(こうとくてんのう):日本の第36代天皇(在位:645年7月12日〈孝徳天皇元年6月14日〉 〜 654年11月24日〈白雉5年10月10日〉)。
孝徳天皇は、596年〈推古天皇4年〉に生まれ、654年11月24日〈白雉5年10月10日〉に逝去。
※ 勅願寺(ちょくがんじ):時の天皇・上皇の発願により、国家鎮護・皇室繁栄などを祈願して創建された祈願寺のこと。
本尊千手観音は日本武尊の御神魂の作と伝えられる県下最古の霊刹(れいさつ)である。
※ 霊刹(れいさつ):霊験のあらたかな仏を祭った寺。霊寺。
由緒:1565年(永禄8年)、9月18日 織田信長公参詣のみぎり、住職拝面の上、寂光院を清洲城の鬼門鎮護の霊刹として御黒印50石並びに山林50余町歩を拝領、以来今日に至るまで、心願成就・厄除祈願の千手観音霊場として法燈を継承する。
※ 心願成就(しんがんじょうじゅ):神や仏などに心から祈っていると、願いはかなえられるということ。
※ 法燈(ほうとう):
① 釈迦の教えを闇を照らす灯火にたとえていう語。
② 仏前の灯火。灯明(とうみよう)。
③ 高徳の僧。一宗を代表するような高僧。
寺域:十万坪(33万平米)
参道:山麓より山頂まで1,350m
※ 山麓(さんろく):山地と平地との境界部
寂光院のホームページ に寂光院の由来、行事、境内・研修道場のご案内が詳細に掲載されている。
継鹿尾観音 寂光院
〒483-0091
愛知県犬山市継鹿尾山
TEL:0568-61-0035
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